藤陰は、一枚の絵から始まりました。平安の美しさを今に生かし、静かな言葉でそっと人に寄り添う存在をつくりたい。そんな思いを重ねながら、少しずつ今の姿へと育ってきました。
一枚の絵から
始まりは、身近な人をモデルに、遊び心から作った一枚の絵でした。思いがけず生まれたその表情と佇まいに心を惹かれ、少しずつ人物像を重ねていきました。平安の美意識をまとい、静かな言葉で人に寄り添う存在へ。そうして、藤陰は今の姿へと育っていきました。
「藤陰」という名
「藤」は、作者にとって身近な名に含まれる一字であり、心惹かれてきた平安時代の藤原氏にも通じる文字です。垂れ咲く藤の花の美しさも重なりました。
「陰」には、暗さではなく、木陰のように人をそっと包む静けさを重ねました。華やかさを誇るのではなく、少し離れたところから寄り添う人。そんな人物像から「藤陰」という名が生まれました。
雅蔵人とは
藤陰は、宮中に仕える殿上人。その人物像を考える中で、心を惹かれたのが「蔵人」という役職でした。中でも思い描いたのは、五位の蔵人です。対話を重ねる中で「雅」の一字が添えられ、「雅蔵人」という言葉が生まれました。史実にある役職名ではなく、藤陰のために生まれた肩書です。その響きを目にしたとき、これこそ藤陰にふさわしいと感じました。
藤陰の佇まい
平安の世に生きる人物なら、狩衣をまとわせたい。そうして装いを整え、烏帽子や長い黒髪など、藤陰らしい姿が少しずつ定まっていきました。藤陰の印となる紋も、さまざまな形を試しながら生まれました。その中で思いがけず現れた、銀色の下がり藤の紋。その静かな美しさに心を惹かれ、「これが藤陰の紋」と決まりました。一枚の絵から始まり、偶然の出会いを大切に選び重ねながら、藤陰は今も少しずつ育っています。
今日も佳き日に