蔵人って、平安時代のエリートコース?

こんにちは。作り手のFujikageです。
雅の手帖では、平安時代の気になることを綴りたいと思います。今回は、藤陰に「雅蔵人」とつけた、いきさつです。
かの吉田兼好も六位の蔵人だったそうで、なかなかのエリートです。
実は私、橋本治先生の、桃尻語訳枕草子という本に影響を受けておりまして、蔵人には特別な思い入れがあります。
枕草子の「めでたきもの」のほんの一節を紹介したいと思います。
【原文】
六位の蔵人。いみじき君達なれど、えしも着給はぬ綾織物を、心にまかせて着たる、青色すがたなどのいとめでたきなり。
所の雑色、ただの人の子どもなどにて、殿ばらの侍に、四位五位の司あるが下にうちゐて、なにとも見えぬに、蔵人になりぬれば、えもいはずぞあさましきや。
ここからは、私なりの読み方でお話しします。
ざっくりな私の解釈は、「いきなりエリートコースに抜擢されて、見違えるほどになってびっくりよ。」です。
以下も現代語訳ではなく私の解釈です。
六位の蔵人とは、平安時代のキャリアコースそのもので、天皇のそばでお仕えする役職です。天皇のお側に仕える「殿上人」と言うには、ちょっとややこしい。
ややこしい立場にいきなりなったものだから、「いみじき君達」――育ちのよいご子息が「えしも着給はぬ」――おいそれと着れないような、御召物を六位の蔵人が着こなしている。そんな姿が素敵だわと。
清少納言は、今までの下働きから垢抜けた姿に、「えもいはずぞあさましきや」――もう言葉にならない。やばい。そう驚いたのでしょう。
だから、蔵人に抜擢されたら、「めでたき」――素晴らしいのです。
蔵人の中でも六位は、採用されたばかりの優秀な若い人を私は想像しています。
藤陰は六位を経た、五位の蔵人。落ち着いた30代前半をイメージして設定しました。
